沿革 HISTORY

堀田丸正株式会社 160年の軌跡
1861

初代増田善兵衛は東松山において父祖の営む日野屋酒造店で兄の伝六の手伝いをしつつ、京呉服や雑貨の持下り商い(上方の商品と地方の物産を行き来しながら仕入れ販売する商い、別名のこぎり商い)をはじめる。

世間での出来事

  • 1861 エイブラハム・リンカーンが第16代米大統領に就任
  • 1867 大政奉還
1893

初代の逝去をうけ、二代増田善兵衛が25歳で父の遺志を継ぎ業務を継承。

1894

日本橋大伝馬町に店舗を構え呉服問屋をはじめる。

関東から奥羽地方に販路を求め、また関東呉服そのほか取扱商品の拡大を図る。

世間での出来事

  • 1894-1895 日清戦争
1895

後に社長につく中沢信三郎が12歳で入店。

世間での出来事

  • 日清戦争が終わり、戦後好況が訪れる
店の前にて初荷の勢揃い
1912

綿織物の取り扱いを開始。

日露戦争後の好況と反動恐慌の難局を乗り越え営業は逐次進展。

世間での出来事

  • 1904-1905 日露戦争
  • 1912 明治天皇崩御、嘉仁親王が即位し大正時代が始まる
1918

通油町に新店舗を新築し移転。

第一次世界大戦開戦の翌年から大好況。
特に繊維産業は隆盛を極る。
この好況で莫大な外貨を獲得して国民は貯蓄を持つようになる。
好況により営業は順調に進展。

世間での出来事

  • 1914-1918 第一次世界大戦
1923

関東大震災、店舗焼失

9月1日に発生した大地震と延焼火災により店舗および商品の悉くを焼失するも、復興に向けて仮店舗での営業を続ける。

世間での出来事

  • 1923 関東大震災
1925

大震災後着々と地歩を固め個人商店から株式会社丸正増田商店へ組織変更。

社長:増田善兵衛 資本金:60万円 人員:80名

1933

昭和金融恐慌の混乱期を乗り切り、株式会社丸正商店として再スタート。

世間での出来事

  • 1931 満州事変
  • 1932 五・一五事件
1936

日本橋堀留町に鉄筋コンクリート3階建ての店舗を新築して移転。

世間での出来事

  • 1936 二・二六事件
1937

同業組合見本市に丸正堀留市として出展。アドバルーンを掲揚。

世間での出来事

  • 1937 盧溝橋事件、日中戦争
1939

満州の奉天と台湾の高雄市に丸正出張所を開設して海外への進出を図る。

1942

太平洋戦争中に衣料品が切符制となったなか、統制会社の代行として衣料品の円滑流通事業に従事。

世間での出来事

  • 1942 ミッドウェー海戦
1944

株式会社金松商店、株式会社小梅、株式会社藤安商店、株式会社正和を併合して商号を株式会社丸正と改める。

資本金:130万3千円

世間での出来事

  • 1944 米軍のB29爆撃機による本土空襲が始まる
1945

3月10日未明の空襲で多数焼夷弾を被曝して全焼。

世間での出来事

  • 1945 ポツダム宣言を受諾して無条件降伏する
1948

資本金を300万円に増資。

取扱商品の増加に伴い商売も拡大、焼けたビルを改修して本格的に営業を再開。
中沢新三郎が社長に就任。

1951

綿の統制撤廃と事業伸張に伴い事業目的を以下に定める。

  • 絹・人絹、交繊維物の卸売業。
  • 綿ス・フ、毛織物の卸売業。
  • 和装製品の卸売業、新館増築工事竣成。

世間での出来事

  • 1951 サンフランシスコ平和条約締結
1952

創業100周年完成8か年計画を立案。
資本金4500万円に増資。

世間での出来事

  • 1952 日米安全保障条約締結
1955

資本金1億円に増資。

着実に成長を続ける。

世間での出来事

  • 1955 神武景気が始まる
1956

本社全館の改修が完成。

戦災を受けた本社ビルを改修(昭和23年)以来、業績の躍進とともに増築と回収を続けてきましたがこの年に本社全館の改修が完成して15年振りに社旗が屋上に翻ることになりました。
京都店を設置して関西方面への進出の第一歩を踏み出しました。
社員および得意先様との親睦と共存共栄を目的に「五十鈴会」を結成。結成式を帝国ホテルにおいて開催。

1959

資本金1億5000万円に増資。

1960

島津久子様と貴子様お揃いで問屋形態と商品研究の目的でご来社。

売り場商品のご巡覧のあと社長中沢より堀留問屋のあり方についてご説明しました。

本社の増築近代化工事が完了。

地上5階、地下1階鉄筋コンクリート造り、冷暖房、換気装置、エレベーター2機完備、1000坪の広さを持つ近代的な社屋が完成しました。

1961

100周年を迎える。

事業の進展に伴い取扱商品を増加して事業目的を下記に改める。

  • 絹・人絹、交繊維物の卸売業
  • 綿ス・フ、
    毛織物の卸売業
  • 和装製品の卸売業
  • 洋雑貨の卸売業
  • 寝具製品及び
    室内装飾品の卸売業
1974

東京証券取引所市場
第二部に上場。

2000

第三者割当増資により、ヤマノグループの一員へ。

2001

千代田のきもの株式会社を吸収合併。

2002

中村勘三郎ブランドの発表。

2004

株式会社HAMANO 1880 グループ入り。

株式会社丸正ベストパートナーグループ(人材管理)への転化。(現・連結子会社)

子会社ソフランリビング(株)・(株)よねはらを吸収合併。

2007

堀田産業株式会社を吸収合併。
商号を堀田丸正株式会社と改める。

タケオニシダ・ジャパン株式会社、東京ブラウス株式会社、堀田(上海)貿易有限公司(現・連結子会社)グループ入り。

株式会社松崎及び松崎生産株式会社の株式取得、グループ入り。

2008

四菱株式会社より営業を譲受ける。

子会社株式会社HAMANO1880、東京ブラウス株式会社、株式会社松崎、松崎生産株式会社の株式を譲渡し、グループから外れる。

2009

丸福商事株式会社のグループ入り。

株式会社ヤマノジュエリーシステムズより一部営業を譲受ける。

2011

創業150周年を迎える。

2012

株式会社ヤマノホールディングスより、和装小売事業譲受による子会社設立。
(HMリテーリングス株式会社)

2013

タケオニシダ・ジャパン株式会社を吸収合併。

洋装小売事業をHMリテーリングス株式会社に移管。

株式会社西田武生デザイン事務所の株式一部取得。

2014

子会社HMリテーリングス(株)を親会社(株)ヤマノホールディングスに株式譲渡。

丸福商事(株)を吸収合併。

2015

株式会社 吉利(現・連結子会社)グループ入り。

2016

イエリデザインプロダクツ株式会社より一部営業を譲受ける。

2017

株式会社西田武生デザイン事務所の全株式を譲渡し、グループから外れる。

第三者割当増資により、RIZAPグループの一員へ。資本金29億3700万円に。

2020

ミセスアパレルショップ「mallage」「森と泉」を百貨店にて展開開始。

2021

D2C事業としてPAPER CoCoのEC販売開始。資本金を1億円に減資。

2022

株式会社丸正ベストパートナーを吸収合併。

株式会社吉利を吸収合併。

2023

最上級の空間と日本の伝統美の逸品でお迎えする「Beauty Of Japan2023」を開催

2024

本社を墨田区両国へ移転。

そして未来へ

堀田丸正株式会社は社会の変化やニーズそして環境の変化を捉えて事業領域を拡大し、
新たな価値を創造・提案する会社に変革してまいります。
お客様や社会に貢献することで継続的な成長を実現し、必要とされる企業を目指します。

全社員一丸となり、新たな飛躍への第1歩を踏み出します。
今後とも変わらぬご支援とご指導を賜りますよう、お願い申し上げます。